「来期の理事長、お願いできますか」
管理組合の総会や理事会で、そう声をかけられた瞬間のあの感覚。胃のあたりがキュッとなる、あの感じ。経験した方なら分かると思います。
はじめまして、宮本隆介と申します。大手ゼネコンで15年ほど現場監督をやったあと、独立してマンション管理コンサルタントとして活動しています。一級建築施工管理技士の資格を持っていて、今は管理組合の理事長さんたちのサポートが主な仕事です。
この記事を読んでくださっている方は、おそらく輪番制で理事長が回ってきた方でしょう。あるいは「もうすぐ自分の番だ」と戦々恐々としている方かもしれません。
ネットで「マンション 理事長」と検索すると、訴訟だの裁判だの、物騒な記事が出てきて余計に不安になる。気持ちはよく分かります。でも、安心してください。理事長の仕事は、正しく知ってしまえばそこまで恐ろしいものではありません。
ここでは、理事長になったばかりの方が「まずこれだけ押さえておけば大丈夫」という3つのポイントを、現場で数多くの管理組合を見てきた立場からお伝えします。
目次
1つ目:理事長の仕事は「全部自分でやること」ではない
理事長が実際にやることは意外とシンプル
理事長の仕事を一言でまとめると、「管理組合の代表として、意思決定の場を回す人」です。自分が全部やる人ではありません。ここを勘違いすると、一気にしんどくなります。
具体的にやることを整理すると、主にこの3つです。
- 総会と理事会の招集・議事進行
- 管理会社との連絡窓口になること
- 管理費・修繕積立金がちゃんと使われているかの監督
「え、それだけ?」と思うかもしれません。もちろん細かい業務は他にもありますが、骨格はこの3つ。そして大事なのは、この3つも一人で抱え込む必要はないということです。
「抱え込まない」が最重要スキル
私がこれまでサポートしてきた管理組合で、うまく回っているところには共通点があります。理事長が「自分は調整役」と割り切っていること。逆にうまくいかないのは、理事長が全部自分で背負おうとして疲弊するパターンです。
よくある失敗例を挙げます。住民から「隣の部屋がうるさい」とクレームが来たとき、理事長が直接相手の部屋に行って注意する。これ、やりがちですが最悪手です。個人対個人の対立構造になってしまう。正解は管理会社を通じて文書で注意喚起してもらうこと。理事長は「管理会社にお伝えしておきますね」で十分です。
実際の運営では、こんな分担が現実的です。
- 会計まわりは副理事長か会計理事に任せる
- 日常の清掃・設備トラブルは管理会社のフロント担当に一報を入れて対応してもらう
- 住民からのクレームも、まず管理会社を通す形にする
- 議事録の作成は書記担当の理事か管理会社に依頼する
理事長が直接動くのは、理事会や総会の場で「どうしますか」と聞かれたときに方向性を示す場面くらい。それも理事全員で話し合って決めればいい。一人で判断する必要はありません。
もう一つ伝えておきたいのは、理事長の任期はたいてい1年か2年だということ。永遠にやるわけではない。「この期間だけ調整役を務める」と期限を意識するだけで、気持ちの持ちようはだいぶ変わります。
困ったら公的窓口に相談できる
もう一つ知っておいてほしいのが、管理組合の運営で困ったときに頼れる公的な相談窓口があるということです。
公益財団法人マンション管理センターは、国土交通大臣が指定した「マンション管理適正化推進センター」です。電話相談を受け付けていて、管理規約の解釈や総会運営の進め方など、実務的な質問に対応してくれます。
「こんなこと聞いていいのかな」と思うような基本的な質問でも大丈夫です。理事長になったばかりの方からの相談は日常茶飯事だと、センターの方もおっしゃっていました。頼れるものは何でも使う。それが理事長を無事に務め上げるコツです。
2つ目:2026年4月の法改正で総会のルールが変わった
改正区分所有法、何が変わったのか
理事長になった方にとって、タイミング的にどうしても知っておかなければならない話があります。2026年4月に施行された改正区分所有法です。
この法改正の背景には、2つの深刻な問題があります。
- 建物の老朽化(築40年超のマンションが急増し、2030年代にはさらに倍増する見通し)
- 住民の高齢化と空き家の増加(総会に出席できない、連絡がつかない区分所有者が増えている)
特に後者が深刻です。「総会を開いても定足数に届かない」「特別決議が通せない」というマンションが全国で増えていました。所在不明の区分所有者が数人いるだけで、建て替え決議はおろか、大規模修繕の特別決議すら成立しなくなる。修繕したくても決議が取れないから工事に進めない。そんな行き詰まりを解消するための法改正です。
主な変更点を簡単にまとめます。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 特別多数決議の要件 | 区分所有者と議決権の各3/4以上 | 定足数・賛成要件が明確化され、要件が一部緩和 |
| 所在不明の区分所有者 | 母数に含まれたまま | 決議の母数から除外可能に |
| 総会の招集手続き | 従来の書面中心 | デジタル手段の活用を明確化 |
これは理事長にとって、ただのニュースではありません。実務に直結する変更です。
管理規約の見直しが必要になる
ここが重要なポイントです。法律は管理規約よりも上位にあります。つまり、管理規約に古いルールが書いてあっても、法律が変わればそちらが優先される。
ただし、実際の総会運営や議決の場面で混乱しないためには、管理規約を改正後の法律に合わせて書き直しておくのが望ましい。国土交通省もマンション標準管理規約の改正を行っており、各管理組合に対して規約見直しを促しています。
「規約の見直しなんて大変そう」と思うかもしれません。確かに一人では難しい作業です。でも、管理会社に素案を作ってもらったり、先ほど紹介したマンション管理センターに相談したりすれば、理事長が法律の専門家になる必要はありません。
具体的な進め方としては、まず管理会社のフロント担当に「今回の法改正で、うちの規約に影響がある部分を整理してほしい」と依頼する。それをもとに理事会で話し合い、総会の議案として提出する。この流れなら、理事長がやるのは「管理会社に頼む」と「理事会で議論する」の2ステップだけです。
今のタイミングで理事長になった方は、この規約見直しを自分の任期の一仕事として取り組むと、マンション全体にとって大きな貢献になります。面倒ではありますが、やる価値はあります。後任の理事長に「あのとき規約を直しておいてくれたおかげで助かった」と言われることになるはずです。
3つ目:大規模修繕に備える「第三者の目」という考え方
理事長の任期中に修繕の話が浮上するかもしれない
マンションの大規模修繕は、一般的に12年から15年周期で実施されます。築30年のマンションなら、すでに2回目か3回目の修繕時期に差しかかっているはずです。築年数が浅くても油断はできません。前回の修繕から10年を過ぎていれば、理事長の任期中に「そろそろ次の修繕を検討しましょう」という話が出てくる可能性は十分あります。
理事長としてまず確認してほしいのが、長期修繕計画の中身です。管理会社に言えば見せてもらえます。確認すべきポイントは以下の3つ。
- 次の大規模修繕がいつ頃予定されているか
- 修繕積立金の残高は計画に対して足りているか
- 計画自体が5年以内に見直されたものかどうか
長期修繕計画は5年ごとの見直しが推奨されています。10年以上放置されている計画は、物価上昇や建材費の高騰を反映できていない可能性が高い。まずは「計画の鮮度」を確認するところから始めてください。
国土交通省のマンション管理に関する総合ページでは、長期修繕計画の作成ガイドラインや修繕積立金のガイドラインが公開されています。専門的な内容ですが、目を通しておくと管理会社との会話がスムーズになります。
大規模修繕には2つの発注方式がある
大規模修繕を進めるとき、管理組合には大きく2つの選択肢があります。
| 設計監理方式 | 責任施工方式 | |
|---|---|---|
| 仕組み | 設計・監理を第三者コンサルに委託し、施工は別の会社が行う | 1社が調査から施工までを一貫で担当 |
| メリット | 工事の品質や費用を第三者がチェックできる。透明性が高い | 窓口が一本化され、工期が短くなりやすい |
| デメリット | コンサルタント費用が別途かかる | チェック機能が内部に閉じるため、費用や品質の妥当性が見えにくい |
設計監理方式は、管理組合の側に立つ専門家を置いて、施工会社とは別の目線で工事をチェックする仕組みです。いわば「管理組合の味方になるプロ」を雇うということ。
私の経験では、理事長が建築の専門知識を持っていないケースがほとんどです。それは当たり前で、普通のマンション住民に工事の良し悪しを判断しろというほうが無理な話。だからこそ、第三者のコンサルタントに入ってもらうことで、管理組合として対等に施工会社と向き合える体制を作れます。
コンサルタント選びで見るべきポイント
もし大規模修繕の話が具体的に動き出したら、コンサルタント選びの段階で以下の点を確認してください。
- 修繕コンサルとしての実績が十分にあるか(受託戸数や対応件数)
- 建物調査診断から工事監理、アフター点検まで一貫して対応できるか
- 施工会社と資本関係がなく、中立的な立場で助言できるか
たとえば株式会社T.D.Sの企業情報をまとめたページを見ると、大規模修繕コンサルティングの具体的な業務内容や体制がイメージしやすいと思います。創業から40年以上にわたって修繕コンサルティングを手がけている企業で、調査診断から施工会社の選定補助、工事監理まで一貫した支援体制をとっています。
コンサルタントの費用は数百万円規模になりますが、大規模修繕工事自体は数千万円から数億円の事業です。数千万円の工事で判断を誤るリスクを考えれば、専門家のチェック機能に投資する意味は大きい。ここは理事長としてケチらないほうがいいところです。
私がゼネコンにいた頃の経験から言うと、施工側にとって「管理組合にコンサルがついている現場」は緊張感が違います。手を抜けばすぐ指摘が入る。それだけでも工事品質は上がります。理事長として「自分たちの側に専門家がいる」という安心感は、精神的にも相当大きいはずです。
まとめ
理事長になったばかりの方に向けて、最初に押さえるべき3つのポイントをお伝えしました。
1つ目は、理事長は「全部自分でやる人」ではないということ。調整役に徹して、管理会社や他の理事を巻き込む。困ったら公的な相談窓口も使える。
2つ目は、2026年4月に区分所有法が改正されたということ。総会の議決ルールが変わり、管理規約の見直しが必要になっています。今の理事長だからこそ取り組める仕事です。
3つ目は、大規模修繕に備えて「第三者の目」を入れる選択肢を知っておくこと。設計監理方式で専門のコンサルタントを味方につければ、建築の素人でも安心して修繕事業を進められます。
理事長は確かに楽な仕事ではありません。ただ、自分のマンションの資産価値と住環境を守る、やりがいのある役割でもあります。そして何より、一人でやる仕事ではない。管理会社、他の理事、公的相談窓口、そして必要なら外部の専門家。使える手はいくらでもあります。
この記事が、最初の不安を少しでも和らげる材料になれば幸いです。任期を終えたとき、「やってよかった」と思えることを祈っています。



