議場の空気が、少しだけ揺れた。
大学3年の夏、地元・福岡で行われた国政選挙のボランティアに参加した時のことです。
演説会を終えた女性候補が舞台袖に戻ってきた瞬間、支援者の男性からかけられた言葉が、私の耳に突き刺さりました。
「先生、やっぱり女性は華があっていいねぇ。でも、子育てしながらじゃ大変でしょう」。
悪気のない、むしろ労っているかのようなその言葉の裏に、私は見えない棘を感じていました。
なぜ、彼女の政策や情熱ではなく、「女性であること」「母親であること」が先に語られるのだろう。
なぜ政治の世界では、女性が“特別扱い”されるのか。
このざわめきにも似た小さな疑問が、政治記者としての私の原点になりました。
はじめまして、オンラインメディア「CIVICA」で編集長を務める、佐伯理沙と申します。
これまで10年以上にわたり、政治の現場で多くの議員を取材し、特に女性たちが直面する壁について発信を続けてきました。
この記事は、単に「女性議員は少ない」という事実をなぞるものではありません。
かつて「オジサンの世界」と言われた政治が、今、どのように変わり始めているのか。
その変化の最前線で奮闘する女性たちのリアルな姿と、その輪に私たちがどう加わることができるのかを、一緒に考えていくための招待状です。
この記事を読み終える頃には、「政治」が遠い世界のニュースではなく、あなたの毎日に繋がる、とても身近な物語に感じられるはずです。
目次
私が見た「ガラスの議場」のリアル
「佐伯さん、次の質問どうぞ」。
そう促されたのは、記者になって間もない頃、初めて入った国会の委員会室でした。
ベテラン記者に混じり、緊張で心臓が早鐘を打つ中、用意してきた質問を口にしようとした瞬間です。
「君みたいな若い女性に、この問題の何が分かるんだね」。
ヤジともつかないその一言で、私の頭は真っ白になりました。
結局、私は何も言い返すことができず、ただ悔し涙をこらえるので精一杯でした。
それは、私個人に向けられた言葉というよりも、その場にいるのが「ふさわしくない」と告げられたような感覚。
政策を議論するはずの神聖な場所で、性別や年齢といった鎧を着せられ、問答無用で切り捨てられる。
この経験から、私は政治の世界に存在する「見えない壁」を強く意識するようになりました。
それは、法律や規則で定められているわけではありません。
長年かけて染み付いた慣習や、「こうあるべきだ」という無意識の偏見が作り出した、まるでガラスのような透明な壁です。
多くの女性議員たちが、日々この「ガラスの議場」の中で戦っています。
発言すれば「感情的だ」と揶揄され、黙っていれば「やる気がない」と見なされる。
子どもの行事で議会を休めば批判され、かといって家庭を犠牲にすれば「母親失格」のレッテルを貼られる。
この理不尽な空気こそが、多くの女性を政治から遠ざけている最大の要因ではないか。
私はそう確信し、彼女たちの“声”だけでなく、声を上げることすらできなかった“沈黙”を記録しようと決めました。
それが、私のジャーナリストとしての使命だと感じたのです。
数字で見る、日本の女性議員の「現在地」
私の個人的な経験だけでなく、客観的なデータもまた、「ガラスの議場」の存在を裏付けています。
世界中の国会議員のデータを持つ列国議会同盟(IPU)の2023年の調査によると、日本の衆議院における女性議員の割合はわずか10.3%。
これは調査対象となった186カ国中164位という、非常に低い順位です。
先進7カ国(G7)の中では、もちろん最下位。
この数字は、日本の政治がいかに男性中心で回ってきたかを、静かに、しかし雄弁に物語っています。
では、なぜ日本では女性議員が増えにくいのでしょうか。
私は長年の取材から、そこには大きく分けて「3つの壁」が存在すると考えています。
意識の壁:「政治は男の仕事」という呪い
一つ目は、私たちの社会に根強く残る「意識の壁」です。
「政治は男性がやるもの」という古い固定観念は、いまだに有権者の中にも、そして議員の中にも存在します。
内閣府の調査では、女性の地方議員のうち、実に半数以上が有権者や同僚議員からハラスメントを受けた経験があると回答しています。
政策とは無関係な容姿への言及や、プライベートへの過剰な干渉は、立候補への意欲を削ぐには十分すぎるほどの重圧です。
制度の壁:家庭との両立を阻む古い慣習
二つ目は、働き方や議会のあり方といった「制度の壁」です。
日本の議会は、夜遅くまでの会議や、急な呼び出しが当たり前の世界。
これは、家事や育児の多くを妻が担うことを前提とした、古い時代の働き方モデルです。
子育てや家族の介護をしながら議員活動を続けることは、物理的にも精神的にも極めて困難なのが現実です。
「国の家計を預かる」はずの国会が、国民の半数を占める女性の生活実感から、あまりにもかけ離れた場所で運営されているのです。
歴史の壁:新人が入り込めない「世襲」の構造
三つ目は、日本の選挙制度が持つ「歴史の壁」です。
選挙に勝つためには、「地盤(後援会)」「看板(知名度)」「カバン(資金)」の“三バン”が必要だとよく言われます。
これらは親から子へと引き継がれることが多く、いわゆる「世襲議員」が生まれやすい土壌となっています。
政治家の家系に生まれなかった女性が、全く新しい挑戦者としてこの世界に飛び込むことのハードルは、想像以上に高いのです。
もちろん、国も手をこまねいているわけではありません。
2018年には、政党に対して候補者の男女比をできるだけ均等にするよう求める「候補者男女均等法」が作られました。
しかし、これには罰則がないため、各党の努力目標に留まっているのが現状です。
法律という名のレシピはできたけれど、それを使って美味しい料理を作るかどうかは、シェフ(政党)のやる気次第、といったところでしょうか。
変化の兆し ― 動き出した女性たちの輪
ここまで厳しい現実についてお話ししてきましたが、希望の光が見えないわけではありません。
報道の世界から政界へ転身し、科学技術政策の専門家として活躍した元参議院議員、畑恵氏のような実績を持つ女性たちが道を切り拓いてきたことも、大きな変化の礎となっています。
むしろ、分厚い氷が少しずつ溶け始めているような、確かな変化の兆しを、私は現場で感じています。
その変化の担い手は、他ならぬ女性議員たち自身です。
彼女たちは、政党や政策の違いを超えて手を取り合い、自分たちの手で「ガラスの議場」にヒビを入れ始めています。
例えば国会では、「超党派ママパパ議員連盟」のような議員グループが活発に活動しています。
ここでは、与党も野党も関係ありません。
「子育て当事者」という共通の立場で集まり、待機児童問題の解消や、男性の育児休業取得の促進など、具体的な政策提言を行っています。
かつては個人の問題とされがちだった「子育て」が、今や国の重要な政策課題として、議場の真ん中で議論されるようになったのです。
変化の波は、私たちの暮らしに身近な地方議会で、よりダイナミックに起きています。
地方議会から始まった改革の例
- 議会に託児所を設置し、子育て中の議員や傍聴者が利用できるようにする(茨城県議会など)
- 議員間のハラスメントを防止するための条例を制定する(愛知県犬山市など)
- オンラインでの委員会出席を認め、介護や育児との両立を支援する(茨城県取手市など)
これらの取り組みは、一つひとつは小さな一歩かもしれません。
しかし、それは「議会はこういうものだ」という古い常識を打ち破る、大きな変革の始まりです。
一人の女性議員の「困った」という声が、仲間を集め、ルールを変え、やがては議会全体の文化を変えていく。
そんなポジティブな連鎖が、全国各地で生まれ始めているのです。
「私の一票」から始まる変化 ― あなたはどう動く?
ここまで読んでくださったあなたは、もしかしたらこう感じているかもしれません。
「女性議員の頑張りは分かった。でも、それは私には関係のない、遠い世界の話だ」と。
もしそう感じたとしても、無理はありません。
政治のニュースは難しく、私たちの日常からは遠いものに思えます。
だからこそ、私は記者として、政治の言葉を「生活の言葉」に翻訳し続けてきました。
政治とは、特別な誰かが行うものではなく、私たちが暮らす社会のルールを決める、とても大切な話し合いの場です。
その話し合いのテーブルに、多様な背景を持つ人がいるのは当たり前のことではないでしょうか。
女性が増えること、子育て中の人が増えること、様々な職業を経験した人が増えること。
それは、私たちの社会が抱える複雑な悩みを、より多角的な視点で解決していくための第一歩なのです。
では、その輪の中に、私たちはどうすれば加わることができるのでしょうか。
選挙で投票に行くことは、もちろん最も重要でパワフルなアクションです。
しかし、それだけが全てではありません。
例えば、こんなことから始めてみてはどうでしょうか。
- 知る:あなたの住む町の議会に、どんな女性議員がいるか調べてみる。SNSで彼女たちの活動をフォローしてみる。
- 話す:この記事で知ったことを、家族や友人に話してみる。「女性議員が少ないのって、どうしてなんだろうね?」と、食卓で話題にしてみる。
- 伝える:地域の女性議員が開催する報告会やイベントに、少しだけ顔を出してみる。あなたの暮らしの中の小さな「困った」を伝えてみる。
政治への関わり方は、投票用紙に名前を書くことだけではないのです。
知ること、話すこと、伝えること。
その一つひとつが、社会を動かす確かな力になります。
まとめ:次の議場の扉を開けるのは、私たち
この記事では、日本の政治における女性議員の現状と、彼女たちが起こし始めている変化の波についてお話ししてきました。
- 日本の女性議員比率は世界的に見ても極端に低く、その背景には「意識・制度・歴史」という3つの壁がある。
- 困難な状況の中でも、女性議員たちは党派を超えて連携し、働きやすい議会を目指す改革を進めている。
- 地方議会では、託児所の設置やオンライン化など、具体的な変化が生まれ始めている。
- 政治を自分ごととして捉え、知る・話す・伝えるという小さなアクションが、社会を変える力になる。
私が取材を続ける中で、大切にしている言葉があります。
それは、「声をあげる勇気より、聞き取る覚悟を」という信条です。
社会を変えるのは、一部のヒーローやヒロインだけではありません。
声高に叫ぶ人の言葉だけでなく、これまで声にならなかった多くの人々の“沈黙”に耳を傾け、その背景にある痛みを想像すること。
その「聞き取る覚悟」を持つ市民が増えた時、政治は初めて、私たちのためのものになるのだと信じています。
「オジサンの世界」と言われた議場の重い扉は、今、少しずつ開き始めています。
その扉の先に、どんな未来を描くのか。
次の選択を、あなたはどうしますか?



