頑張ったという経験が大事
「努力は必ず報われる」と言われますが、一生懸命頑張っても合格しないこともあります。
最下位に終わったプロ野球チームは努力しなかったのか、と考えるとそうではないでしょう。
みんな一生懸命にやったはずです。
でも、「いくら頑張っても結果が出ないこともあるではないか」と、反論したくもなるでしょう。
言われる通りだと思います。
どんなに歯を食いしばってプレーをしても勝てないこともあるし、精いっぱいやっても不合格の通知しか来ないことも少なくありません。
平均身長が175センチのバレーボールのチームが平均身長200センチのチームに勝とうと一生懸命頑張っても、そう簡単には勝てません。
実際に今のバレーボールの世界では高さに勝つにはスピードだと懸命にやっていますが、高さのあるチームがスピードもあるとなると太刀打ちできないのが現状です。
では、このことわざは意味がないのでしょうか。
「無駄なことはするな」などとも言われます。
徒労などという言葉も頭の隅をよぎります。
大切なのは結果ではなく、頑張ったという経験ではないでしょうか。
「あの日々が今の自分を作っている」と言えるかどうか?
チーム結成以来ずっと1回戦負けの高校の野球部で頑張りました、でもやっぱり僕たちも3年間ずっと1回戦負けでしたと言った経験や、部員が50人以上もいる野球部で、何とかベンチ入りしたいと精いっぱいやったけど3年間ずっとスタンドで応援していました、という経験は決して無駄ではありません。
結果は出なかったとしても、きっとあなたを大きく成長させる経験となったはずです。
ある大企業の人事部の人は、甲子園に出ましたと言う勝ち組の人よりもこのような人を採用したいと言います。
数々の挫折を味わってきたけどそれに負けることなく頑張ることができる人は、きっと社内でも我慢強く仕事をして成果を上げてくれるにちがいない、という訳です。
ある男性は、高校受験に失敗しました。
中学の時に同じクラスだった友達は、坂道の丁度真ん中あたりにある彼の家の前を通って坂の上にある高校に通っています。
しかし彼は家の近くの高校には通うことができず、駅から坂道を上がってくる友達とは逆に坂道を降りて駅に向かい、駅から電車に乗ってみんなとは違う高校に3年間通いました。
坂道の途中や駅前で友達に会うのが嫌で、朝早くに家を出たことも多かったそうです。
なんとも悔しく悲しい経験だったのだろう、と思います。
しかし30歳ともなった彼は、あの日々が今の自分を作っているのだと語っているのです。
頑張ったけど希望校には受かることが出来なかった、でもあの時に自暴自棄にならなかったから今の自分があるのだと考えたようです。
まとめ
希望の高校に入って希望の大学に合格して一流企業に入社するという、とんとん拍子の人生を歩いてきた人は、それはそれなりの努力をした結果でしょう。
しかし、一度も躓くことなく挫折を経験することなく歩いてきた彼らは、ある意味それが弱点だとも言えます。
いつもいつも努力が実っているという人よりも、頑張っても精一杯やってもダメだったけど自暴自棄になったり腐ったりすることなく前を向いて歩ける人の方が、最終的には良い人生を歩んでいるのかもしれません。
「頑張っても貧乏だ」と嘆く人もいるでしょう。
しかし今の世の中後30年後にどれくらいの年金がもらえるのか多くの人が不安に思っているでしょう。
貧乏に慣れている人は、わずかな年金でも十分に暮らして行けるのです。
しかし一度裕福な暮らしを味わっている人は、貧乏な生活には耐えることが出来ずに、貧乏な人の倍額を貰っていても10日で使い果たしてしまう可能性も高いです。
雑草のように強い人が、勝つのかもしれません。
今は努力が実を結ばなくても、決して自暴自棄になることはありません。
努力は結果が大事なのではなく、その過程が重要だということでしょう。